お侍様 小劇場 extra

    “うつつの すがた” 〜寵猫抄 


こちらの世界では、
例年には類を見ないほどという乱高下を見せる、
とんでもない級の“寒の戻り”とやらに、
いいように翻弄されている春だったりするのだが。
此処よりずっと自然の残る、あちら様では如何なものか…。



       ◇◇


関東地方では早咲きだった桜も終わり、
次は新緑が少しずつ萌え出す季節を迎えることとなる。
街路樹にも柔らかい若葉…の赤ちゃんがちらほらと顔を出し始め、
足元の茂みでは、沈丁花が終わるとその次にはと、
ユキヤナギやツツジ、春の萩だのが小花を咲かせ始めてもおり。
これからはあちこちでリレーしての次々に、
色んなお花が咲き続けますよと。
その腕へと抱えた仔猫さんへと話しかける七郎次のお顔も、
どことはなく嬉しそうで清々しい。
彼自身はさほど寒さに弱い身じゃあなかったのだが、
仕える御主の勘兵衛が、
不思議と…というのも何ではあるが、
寒さに弱い御仁であったりし。
武道も嗜めば気骨も頑迷、
そりゃあ尻腰の強い闊達な壮年であり。
昔からを顧みても、
病がちだった時期なぞないという至って壮健なお人なのだが。
冬場は何とはなく…寒い冷えると暖房を多用したり、
寝間が寒うてかなわんと、
執筆に打ち込んでいない晩はもはや連夜というノリで、
七郎次を寝間へ招いちゃあ、抱え込んでのひっついたまま、
身体温めて眠ることも当たり前となりつつあって。

 “…いや、そっちは別に いんですけれどもね。/////////”

ほほお?
(笑)

 「にゃっ、みゃう。」

お庭の古モクレンも、
濃緋のびろうどのような花を幾つも抱えて誇らしげだが。
仔猫様がじっと見やっているのは、そんな梢の方じゃなく、
結構 頼もしい太さ強さをした幹の根元の方。
というのが、今朝方、あの青い小鳥さんが訪のうて、
カンナ村のキュウゾウくんからのお手紙を運んで来てくれた。

 『あそびに いってもいいですか?』

それは味のある、丸っこい筆の字は、
いかにも幼いそれながら、
それでも一文字一文字に真摯な丁寧さが込められており。
まだ読めないこちらの久蔵も、
小さな手を延べ、にゃあにゃうvvと、
そのお手紙そのものがキュウゾウお兄ちゃんであるかのように、
慈しむよに撫でてやまない。
勿論のこと、大歓迎なお客様。
お待ちしておりますよとのお返事を、
久蔵の小さなお手々でオオルリさんへと渡し。
そうそう、あれを準備しておかなくちゃと、
何かしら“おもてなし”の用意があるものか、
七郎次があれやこれやと機材を引っ張り出したり操作したり。
その合間には、ちゃんとちゃんと。
初夏の増刊号企画への原稿に没頭中の勘兵衛へ、
紅茶とサンドイッチの差し入れをし。
朝食からちょいと時間の経った頃合いだったので、
ハムとレタス、スクランブルエッグのサンドイッチを、
手際よく切り分けていたお兄さんの様子、
キッチンの戸口から背伸び伸びして見やってた坊やへも。
リビングへと戻ってから、
ふかふかの香ばしい炒り玉子を、おやつ代わりにおすそ分け。
お気に入りのコタツに座り、
お匙で あ〜んと食べさせてあげれば。
そんなお口と同じほど、
大きく見張ってたお眸々がたちまち うにゃりとたわみ。
無造作にぱふりと口許へ、かぶせられたる小さなお手々。
その隙間から覗く、
隠し切れないにっこりが、何とも言えず可愛らしくって。

 「〜〜〜〜〜〜〜っ。////////」

今年もまだまだ絶好調です、惚れてまうやろ。
(笑)
そんなこんなとしておれば、

 「にゃっ!」

そこはおさすが、野性の感性が震わされるものか。
特に何かしら物音が立ったりする訳でもないというのに、
小さな仔猫の坊やが一番に気がついて、
今日は暖かいのでと少し開けてあった窓辺へ駆ける。
とたとた、お膝から先を投げ出すような、
まだまだ覚束ない駆けようで駆け寄った掃き出し窓へは、
だが、お客様のほうが早くに到着。間合いを残して立ち止まり、

 「こんにちは。」

にっこり微笑ってのご挨拶も歯切れよく、
ふんわりとした金色の髪の上、三角のお耳が一対覗く、
ちょっぴり不思議な仔猫さんのお客様、
カンナ村のキュウゾウくんが姿を見せる。

 「にゃっにゃっvv」

おチビさんからの恒例のご挨拶は、
逢いたかったの度合いの深さに比例していて。
窓から転がり落ちるよな勢いで飛び出すと、
あわわ危ないと、沓脱ぎ石へ踏み出して来てくれたお兄さんの懐ろへ、
ドーンと飛び込む斟酌の無さよ。

 「久蔵〜〜〜。」

キュウゾウくんがびっくりしてるでしょうがと、
いけませんたらという叱咤のお声を掛けるところまでが いつものことで。
向こう様もまだまだ子供、それほど楽勝でもないはずながら、
それでも危なげなく受け止めてくれている…のではあるが。

 「大丈夫だよ。
  久蔵も突き飛ばそうって突進をしてくる訳じゃあないんだし。」

あああ、何て優しくも思いやりのあるお言葉か。
小さなお手々には、彼が摘んで来たらしき、れんげやシロツメクサの束。
“あんまり長持ちしない花でごめんね”との、
控えめな言葉添えがあるあたりも文句なしに行き届いておいでで。
似たような風貌をしておりながら、
中身の“甘えた度”はウチの坊ちゃんのほうが上らしいと、
微妙に反省促される七郎次さんなのもいつものことだったり。
(苦笑)
さてそれから、どうぞ上がってと薦めつつ、

 「この間は美味しいタケノコと山菜をありがとうね。」

先だってのお土産へのお礼を告げれば、
「え? お礼はこないだ言われたよ?」
キョトンとして小首を傾げる奥ゆかしさだが、

 「ええ。でも、あの後に美味しくいただきましたので、
  今度のは“美味しいをありがとう”です。」

にっこり微笑った白いお顔の、それは嫋やかな優しさへ、
ありゃりゃと頬染めたキュウゾウくん、
お耳を伏せると、しなやかな尻尾をしたぱたとうねらせる。
そんな様子になったお兄さんへ、

 「うにゃ?」

小さな久蔵が、
どしたの?お首とか痒いの?とお顔をのぞき込んで来るものだから、
ますますのこと照れ臭さに拍車が掛かったみたいで。
何とも愛らしい坊やです、はい。/////////






すいませんね、勘兵衛様は丁度お仕事中なものでと、
やはり親しくしている家人で当主が、だが ご挨拶出来ぬこと、
頭を下げての謝った七郎次へ、
ううん、気にしないでとかぶりを振って。
そこへと久蔵が、その小さな身へと伏せるようにして抱え持っての、
えっちらおっちら、頑張って運んで来たのが、

 「ああ、偉いね久蔵。持って来てくれたか。」
 「みゃあんvv」

白い手がよしよしと、ふわふかな綿毛を撫でれば、
小さな肩へ埋まるほど、
首をすくめての、目許を細めてにゃあんと甘えて鳴く姿がまた愛らしい。
何とも優しい構図へ、
それと向かい合うキュウゾウくんまでもが胸元をきゅうんと擽られておれば、

 「ほら、これを。」

七郎次が受け取ったそれは、ポケット式のミニアルバムで、
小冊子のようになったその中には、

 「…あっvv」

これまでに撮ったキュウゾウくんやこちらの久蔵の写真が、
見やすい大きさに並んでいる。
小さなデジカメはカンナ村とこちらを結構な頻度で行き来しており。
向こうではちゃんと坊やの姿で写せる久蔵なのを、
沢山撮って貰ったそのお返しにと、
随分撮り溜まっていたカンナ村の皆様がメインな画像を、
あれこれと…微妙に遠かったり日陰だったりと鮮明ではないものは修正し、
一気にプリントアウトしたものであり。

 「凄いな、シチやヘイハチもいる。あ、これってカンベエだ。」

コタツの天板のうえで大きく開き、絵本のように眺め始めれば、
小さな久蔵もみゅう?と小首を傾げて覗き込み、

 「? ああ、カンベエはこっちを向いてないのが多いねって?」
 「あ、それはアタシも気がつきました。」

シチロージさんは大概カメラの方を向いていなさるのに、

 「カンベエさんは、
  あのその…不意を突かれたようなお顔や角度のものばかりだなぁと。」

キュウゾウくんや小さい久蔵を撮ったその端に、
どさくさ紛れに写っているのとか、
撮られているとは気づかなんだか、微妙にぎょっとしているお顔のだとか。

 “…まあ、思わぬ表情というものも楽しいものではありますが。”

しかも これほどの男ぶりのお人、
鷹揚そうな、若しくは澄ましたお顔もいいけれど。
えっ?と表情が弾けかけた瞬間のお顔なぞ、
こちらの勘兵衛にも重なる驚きようだったりするのが、
実は…眺めていてちょっぴり楽しかった七郎次だったりし。
そして、

 「あのね? これってホントは内緒のお話なんだけど…。」

シチが言ってたの、カンベエは写真が苦手なんだって。
何でかはよく判らないのだけれど、
恥ずかしい理由みたいで教えてくれないの、と。
他言するのは家人の名誉にかかわるとでも言いたいか、
他人なぞ何処にも誰もいないというに、
左右を見回してからその身を延ばして来ての、
こしょこしょとそれはそれは小さなお声での耳打ちへ。
声や吐息のくすぐったさとは別なもの、

 “ああそうか、
  向こうのお国でも、そういうの言い伝えておいでなのか。”

写真というものが普及し始めたばかりのころ、
魂を抜かれるなぞという根拠のないデマが
実しやかに飛び交ったという。
まま確かに倒れてしまう人も出たらしいが、
真相はといや、
昔の写真は何十分もじっとしていなければ
乾板に焼き付けられなかったがための、
単なる貧血にすぎぬそうだが…。
こちらの勘兵衛様にも似通った、
頼もしき威容まといし、それは精悍な面差しの男衆。
キュウゾウくんに言わせれば、
それはお強い“もののふ”だとも聞くお人でも、
いやさ、だからこそなのか。
そういう精神面での何か、
大事にしていたり固執していたりというのはあるのかも。

 「でもって、
  慌てるのが可笑しいからって、シチはわざとに写してるんだって。」
 「…そ、そうなんだ。」

何とまあ、強腰な連れ合い殿か。

“いやいや。
 何も姿が似ているからといって間柄まで同じとは限らないのだし。//////”

敬愛はあっても、あのその、傾倒の度合いや色合いは違うのかも。
そして、全く違ったら怒られてしまうこと、だよねと、
妙に焦って…見る見る真っ赤になったシチだったんだよと、
これは向こうのシチロージさんへ、
キュウゾウくんが“何でかなぁ?”と訊いたらしいのは後日のお話。
随分と鮮明にその姿を捕らえられてた写真を見せられ、
むむうと唸っておいでのカンベエなの、
横目に気配を拾っては ほくほくという微笑混じりになりつつ、

 『そりゃまた…可愛らしいお人なことですね。』

気立ての優しいお人らしいから、
個人的なことを訊いてしまったと焦ったのかもですねと、
大人の洞察、曖昧な言いようで誤魔化したそのついで。

 『キュウゾウも。
  こたびはしょうがないことでしたが、あんまりその話は広めぬように。』
 『うん。気をつける。』

こちら様には全くの全然、何でどうしてが判っていなかったからこそ、
ついつい語ってしまった“ここだけの話”だったが、

 “でもどうしてカンベエは苦手なんだろな。”

もしかして…向こうでは小さい久蔵が猫の姿でしか写らないみたいに、
カンベエも何か別の姿で写ってしまうことがあるんだろか。
そんな想像をちらっと口にしてしまい、
シチロージが笑い転げたいのを必死で耐えたのは、
もっともっと後日のお話…。




  〜Fine〜  2010.04.18.


  *そういえば、カンナ村のカンベエ様は、
   写真嫌いでおわしたなぁと思い出しまして。
(笑)

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